デス・オーバチュア
第64話「刻の間奏」






零。
辿り着く。
全ての原点へ、始まりの場所へ。
真の意味ではそこが始まりの場所ではないかもしれないけど、少なくとも、タナトス・デット・ハイオールドという存在にとってはそこが始まりの場所だった。


私は生まれてすぐ、赤ん坊の頃から自我があった。
生まれて最初に見たのは、自分を抱く、茶色の髪の女の泣き顔。
まるで天使のように綺麗な人だった。
彼女は泣きながら、私を投げ捨てる。
遙か彼方の地上へと向けて……。



「ここは……」
タナトスは一人、宙に浮いていた。
見覚えがある。
ここは地上……クリア国の夜空。
浮遊島であるクリアの最先端の崖。
だが……。
『いやあ〜、ついに辿り着いたね、地上に』
姿なきリセットの声が聞こえてきた。
タナトスの内側から。
「……リセット? お前どこに要る?」
『タナトスの懐の中よ。ここでは私は本当の姿でしか存在できないから……それに『見つかる』とやばいから隠れ蓑にさせてね』
「何を言っているのか解らないが……」
とりあえずタナトスは法衣の懐に手を入れてみた。
「……これがお前?」
タナトスの懐から出てきたのは、一枚の七色に輝く何かの金属らしい欠片。
「そうよ。地上での物質的な私の姿……あ、でも、いつもの姿が偽りってわけじゃないからね。あれは私の真の姿の一形態」
「真の姿の一形態?」
「今のあなたと似たようなものなのよ。自分の魂の真の姿……星幽体を物質レベルに具現化させているのがいつもの私の姿……七色の時が完全体、一色の時は消費を減らすために一要素に限定した姿……て理解できている?」
欠片から声が聞こえてくるのは変な感じだった。
「一応はな……つまりお前の正体は……」
「ストップ! そこまで。私という存在は名にも強き力を持つ……今の不自然な状態のあなたが、本来の自分の時代でもないこの場所で呼ぶのは良くないわ。あなたやこの世界にどんな影響が出るか解らないかものね」
「いや、名までは解らないから安心しろ……アレのどれかの破片なのだろう?」
「あ、そこまでしか解ってないんだ?……うん、そうよ、タナトスの想像で間違ってない」
「やはり、そうか……」
タナトスは一人納得すると、欠片を懐にしまい込む。
『タナトスは魂殺鎌と会話したことないの?』
欠片がしまわれると、まるでタナトスの内側からリセットの声が聞こえてくるかのようだった。
「会話か……あいつの殺戮や破壊の衝動……意志は常に感じるが、明確な言葉のようなものは感じたことがない」
『……ん? もしかして、彼女、人型をとらないの?』
「人型? 何の話だ?」
「……ああ、なるほどなるほど。それでか……よく解ったわ』
今度はリセットが何かを一人納得したようである。
「リセット?」
『さて、私のことはもういいじゃない。それよりも気になることがない?」
「……あっ!」
タナトスは不意に何かを思いだしたかのように声を上げた。
「あの子は!? あの子はどこだ!?」
タナトスは慌ただしく周囲を見回す。
「ああ、あのチビガキのこと? あれなら、地上の排魔の結界で弾かれてどっかに飛んでいっちゃったわよ。あれでも一応結界の影響を受ける程度の高位魔族だったみたいね」
タナトスは名前を出していないが、誰のことを言っているのかリセットには解った。
というか、タナトスもリセットも少女の名前すら知らないのである。
「なっ!? なぜ、それを早く言わない!? いや、事前に言わない!?」
「だって、タナトスだって地上の人間でしょう? 地上に魔界からの魔族の介入を防ぐ結界が張られてることなんて常識として知っていると思ってたわ」
「うっ……確かに知っていたが……」
知っているも何も、その結界を張ったのは、タナトスの所属するクリア国であり、ある意味関係者と言っても良かった。
「……忘れていた……」
完全な度忘れである。
そしてそれ以上に、あの無垢な少女が魔族ということが実感できていなかった。
「……本当に魔族だったんだな……」
「何? 信じてなかったの?」
「いや、お前の言葉を信じてなかったのではない……信じられなかった……実感を持った認識ができていなかったのだ……」
「まあ、無理ないけどね。あんなボケッとした子じゃ……『力』も質はともかく量は不自然に少なかったし……」
「少ない?」
「そう、まるで何かに吸われたか、封印されたかしたみたいに、あんな高純度の力……エナジーの持ち主にしては異常に量が少なかったわ。魔王並の質を持ちながら、量は下位魔族並……あんな変なの初めてみたわ」
「そうなのか?……いや、そんなことはどうでもいい! あの子を探さないと! あの子は魔族だろうが何だろうが……私にはまだ一人では生きられない幼い子にしか見えない!」
タナトスは今すぐにでも少女を探しに飛び出そうとする。
「待ちなさいよ。探そうにも探しようがないでしょう? 大丈夫、なんか結界が弱ってたというか、不完全だったみたいだから、一応地上には入れてたみたいだし……どっか適当な所に落ちてるわよ」
「結界が不完全?……そうか、支柱である水晶柱をいくつか奪われたからか……」
「まあそんなわけで、界と界の狭間に落ちて永遠に彷徨うなんてことはないから安心しなさい。あれでも魔族なんだから地上で一人で生きていけるわよ。まったく心配しすぎよ、タナトスは……過保護というか……あんなチビガキにそんな愛情を注ぐぐらいなら、この私にもっと……て、聞いてるの、タナトス!?」
タナトスは無言で何かを考え込んでいるようだった。
「……あ? すまない、殆ど聞いていなかった。いろいろと気になることがあるのでな」
幼い少女のこと、結界のこと、気になることは、考えなければいけないことはいくらでもある。
「……ん? 待て! 結界が崩壊したのは私の居た時代だぞ。ここは……」
「少し時代が過去……でしょう?」
タナトスの言葉を先読みしたようにリセットが言った。
「そうだ。およそ十七年前……ここは……私が生まれた日のクリア王国だ……」
タナトスはなぜか辛そうな表情で呟く。
「理由までは解らないけど、今……つまり、あなたの生まれた日も何らかの理由で結界が不完全だったんでしょうね。それよりこれからどうするの? 十七年、ここで時が流れるのを待ってみる?」
「そんな呑気なことをしていられるか!」
「その方が確実にジャストな時代……時間に簡単にいけるんだけどね……まあ、気持ち的に流石にそれは無理よね?」
「当たり前だ!」
「じゃあ、ここからは時間だけを移動するわよ。戻りたい時代……ううん、時間を明確にイメージして私を抱きしめて……できる?」
「……解った。やってみる……」
タナトスはリセットである欠片をしまった胸に両手を添えた。
「場所でイメージしにくければ、誰かを、同じ時代を生きる誰かを強く強く……どこまでも深く深くイメージして……」
タナトスは言われた通り、親しい者達をイメージする。
クロス、フローラ、エラン、ダイヤ……クリア国の家族と数少ない友人達。
「一番強く想う人を……呼びかけるように、求めるように……」
コクマ、アトロポス、エアリス……クリア国から捨てられた後共に過ごした者達。
そして……最後に思い浮かべたのはもっとも嫌な男の顔だった。



誰も居ない所に行こう。
誰も殺さないで済むように……。
誰の魂も狩らずに済むように……。
唯一人で生きていこう……いや、いっそ死んでしまおうか……。
そんな時だった。
あの男に出会ったのは……。



「……タナトス、また間違えたの?」
「……すまない……」
タナトスとリセットが姿を現したは、中央大陸一の透明度を誇る古代湖クリスタルレイクだった。
泉のほとりで、幼い少女が彼女には不釣り合いな漆黒の大鎌を抱きしめて蹲っている。
「……この蹲ったまま、虚ろな眼差しをしている女の子って……もしかして、昔のタナトス?」
「ああ、十年前、七歳の時の私だ……」
タナトスは複雑な感情の入り混じった眼差しで過去の自分を見つめていた。
「へぇ〜、よくそこまでハッキリと覚えているわね?」
「当然だ……この日は……生まれた日と同じく位……いや、それ以上に私にとって忘れられない日だ……」
「なるほどね、だからこの時代に出ちゃったわけだ……もっとも忘れられない記憶……執着の強い過去……」
「……それより、今の私達はちゃんと幽霊……視えない存在になっているのか? 過去の私……この時の私は茫然自失というか、見える物も見えない状態だったから参考にならんぞ……」
「茫然自失って……あなたにこの頃何があったのか凄く気になるけど……大丈夫、実体化は完全に無くなっているから、あの翠色の魔王みたいな特殊な見方をする奴にしか気づかれない存在になってるわ」
「そうか……」
タナトスはゆっくりと、過去の自分に近づいていく。
「ちょっと、タナトス、何を……」
タナトスは過去の自分の側に辿り着くと、背後からそっと抱きしめた。
正確には抱きしめるような形をとっていると言うべきか。
タナトスの両腕は、過去のタナトスをすり抜けているのだから……。
「お前……私はここで自殺した方が楽だったかもしれない。これから辛く苦しい目にばかりあうことになるから……未来のお前である私にはそれが解っている……」
タナトスは過去の自分に語りかけるように呟いた。
「でも、悪いことばかりじゃないぞ。ささやかだが幸せも味わえる……妹達が……家族が居るから……だから……だからな、もう少し頑張って生き続けてみてくれ、どんなに辛くても……お前は耐えられる……未来の私にはそれが解る……未来の私が保証するから……」
聞こえるわけがないと解りながら、タナトスは囁き続ける。
過去の自分を励ますように。
彼女が……過去の自分が、この時、どんなに辛かったか、誰よりも解っていたから。
「あ、でも、気をつけろよ、もうすぐお前が出会う男は最悪の奴だから……絶対に気を許しちゃ駄目だからな……」
タナトスは微かな笑みを浮かべて囁くと、過去の自分から離れた。
そして、胸元のリセットの欠片に話しかける。
「リセット、もう一度時間転移を頼む」
「それはいいけど……もういいの? 過去のタナトスは放っておいて……」
「問題ない。後数分もすれば、あの男が来る……私はあの男との出会いのシーンなど見たくない」
「あの男?」
「見たくないというのに、今でも夢に見る……何度も何度も……いや、なんでもない、こっちの話だ」
「じゃあ、転移するわよ。今度こそ頼むわよ、時間転移って結構疲れるんだからね、それも細かい数年をピンポイントで跳ぶのは数百数千年を適当に跳ぶよりも何倍も疲れるんだから、これが私じゃなかったら一回だって……」
「解った解った。感謝している、リセット」
不満を吐き続けるリセットをタナトスはなんとか宥めた。
「本当に感謝してよね」
タナトスの体が青紫色の輝きに包まれていく。
「ではな、過去の私……あの男によろしくな……遠慮なく胸に刃を突き立ててやれ……」
最後に、過去のタナトスにそう告げるように呟くと、タナトスの姿はその時代から跡形もなく消え去った。
















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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